文:デイビス・ジョーンズ
写真:ダン・バーノン、ソフィ―ク・ファン・ビルセン
フェイス・キピエゴンとNikeが1マイル4分切りに挑むプロジェクト、Breaking4の核となるのは、常に「心」と「信念」です。それこそが、最先端のNikeの高機能製品と共に、キピエゴンを突き動かしているのです。しかし、Nikeがキピエゴンを3分台でゴールさせるために数百もの他の要素を検討していなかったなどとは、思わないでください。 彼女は自身の世界記録のマイルタイムを7.65秒削り落とす必要があったのです。
世界で一つのナイキ フライスーツ、革新的なフライウェブ ブラ、初のビクトリー 2 エリート FK スパイクといった、キピエゴンのために特別開発されたアイテムをさらに引き立てるため、Breaking4チームはこの挑戦の空力特性と効率性を入念に調整してきました。準備段階から開催場所の選定、天候、雰囲気に至るまで。すべての要素において、Nikeイノベーションチームはあらゆる角度から細部まで精査し、キピエゴンの挑戦に最適化された総合的なアプローチに力を注ぎました。
Nikeがサポートした10の方法を深掘りしていきましょう。

「達成できること、超えられる限界、そして次世代を勇気づける方法について考えることが、私のモチベーションを高めてくれます」と、ケニアで練習中のキピエゴンは言います。「誰にも限界はありません」
1.キピエゴンがキピエゴンであるために
Breaking4に挑むフェイス・キピエゴンは、単なるエリートランナーとしてスタートラインに立っているわけではありません。彼女は史上最高の中距離ランナーの一人としての地位を築いてきました。現在、3種目で世界記録を保持し、1,500mでは金メダルを3度獲得。その実績は10年近くにわたって積み重ねられています。また、目に見えない要素も見逃せません。彼女はトレーニングの嗜好を完璧に管理しています。自身のアスリートとしての能力を、まるでカーレーサーが自身の車を知り尽くすように、理解しています。Breaking4におけるNikeの役割は、キピエゴンを一から作り直すことではなく、すでに歴史的なランナーである彼女の能力をさらに引き上げることだったのです。
「彼女のアスリートとしての力が、このプロジェクトを動かした原動力です。私たちがパートナーシップを結ぶずっと前から備わっていた、フェイスの自身の力、才能、不屈の精神こそがすべてなのです」
ブレット・カービー、NSRL主任研究員
2.自信を築く
Breaking4の戦略立案当初、イノベーションチームはキピエゴンの1マイルレースのコースついて議論しました。「ロードレースのように、コースを直線にできないか?カーブをすべて排除し、左コーナーに偏るのではなく、完全に直線的なペースメーカー隊列を組めないか?」このアイデアをキピエゴンに伝えた際の、彼女の意見は明確でした。彼女は、プロとしての全キャリアを通じて築いてきた「8レーンを読み、インサイドレールに集中して走る」というトラックでの走りの方が、自信を持って快適に走れると語りました。
「コースの特性であれ、ペースメーカー隊列であれ、ウェアの細かい部分であれ、彼女の自信を築くことが私たちにとって何よりも重要でした」と、NSRLイノベーション担当VP、エイミー・ジョーンズ・ヴァターラルスは語ります。「私たちは彼女の声にじっくりと耳を傾けました。彼女自身も気づかないサインを見逃さないよう注視しました。彼女が何の邪魔もなく自由に動けるようにすることも、彼女が自信を持つためのサポートのひとつです。」
3.適切な開催月の選択
挑戦を実施する月を決める際に重要だったのは、キピエゴンのプロとしてのスケジュールです。もし彼女が、9月中旬に東京で開催される世界選手権でピークを迎えようと考えるなら、身体にはトレーニングピリオダイゼーション、つまり準備を段階的に調整してベストコンディションを作るための理想的な時間的余裕を確保する必要があります。その最適なタイミングが6月下旬だったのです。
4.天候を制す
レース当日の気象条件は、目標タイム達成の明暗を分ける要因になり得ます。高い気温、風、雨はいずれもアスリートにさらなる負荷をかけるからです。気温が高すぎると体温も上がり、過度な負荷となります。風が強すぎると空気抵抗が増して、ランナーを減速させることになります。しかも、トラックには必ず向かい風になるポイントもあります。気象条件は人の都合で動かせないため、Nikeチームは挑戦のロケーション選びにあたって、「雨がほぼ降らない」、「風速12km/時未満」、「穏やかな気温」という条件を満たせる場所を探しました。

Nikeイノベーションチームが考える、Breaking4開催地の理想の条件。
5.時差ボケを最小限に
海外を行き来する誰もが経験するように、時差をまたいで移動すると身体も心も疲弊し、だるさや倦怠感に見舞われます。人間の体には「サーカディアンリズム」という体内時計があり、睡眠・覚醒のリズムを司っています。そして、その2つの地点の中間が、最もエネルギーが高まる「生体エネルギーの最適地点」です。キピエゴンにとっても、そのポイントが身体的にベストな状態となります。この点を考慮し、Breaking4の挑戦を行う適切な場所を世界中から選定しました。時差の移動を最小限に抑えて、キピエゴンの体内時計の乱れを防ぐ場所が選ばれたのです。
「疲れ切った状態で彼女を到着させてはいけない、と分かっていました」と、ジョーンズ・ヴァターラルス。「ケニアと時差が1時間のパリに決定するのは、アメリカのように時差ボケの影響が大きくなる可能性のある場所よりも、とても簡単でした」

Breaking4の理想的な開催地の選定では、キピエゴンの拠点であるケニアと時差が少ない地域に焦点を当てました。
6.トラックを最適化
陸上トラックはただの無機質な路面ではありません。反発力の高さによって、ランナーの脚を疲れにくく快適に保つこともあれば、硬い路面のためエネルギーを吸収して貴重な推進力を奪ってしまうこともあります。路面の質感も重要です。ざらついた路面は、ランナーがコーナーで踏み込む際のトラクションに適している場合もあれば、まったく適さない場合もあります。Breaking4に向け、Nikeイノベーションチームは世界各地のスタジアムから異なるトラック路面サンプルを10種類取り寄せました。その後キピエゴンの体重やピッチなどを考慮し、彼女のパフォーマンスに最適な組成を判断したのです。
「フェイス向けのフットウェアソリューションは、彼女の足と路面との相互作用を研究して構築されました」と語るのは、イノベーションフットウェア部門シニアマネージャーのキャリー・ディモフ。「私たちの設計仕様には、彼女が走るトラック路面と、その路面が持つ性質・持たない性質の両方を考慮する必要がありました。開催地をまだ選んでいる段階でも、実際に使用予定の路面でスパイクの試作をテストし、エネルギーリターンやトラクション効果を見極めました。」
7.理想のスタジアムを見つける
チームは、キピエゴンがこの競技の長い歴史に根ざした精神を重んじ、「トラックで挑戦する」ことを望んでいることを十分に理解していました。そこでNikeイノベーションチームに課せられたのは、どのトラックを選ぶかという重大な決断でした。走ったことのあるトラックはランナーに安心感を与え、速い記録を出すことへとつながります。選択肢の一つに挙がったのが、キピエゴンが2023年に1マイル走の世界記録を樹立したモナコでした。また、オレゴン州のユージーンも候補となりました。2023年、キピエゴンはヘイワード・フィールドでダイヤモンドリーグの1,500メートルでタイトルを制し、プリフォンテーン・クラシック大会記録を打ち立てていたからです。そして最終的に選ばれたのが、キピエゴンが1,500メートルと5,000メートルで世界記録を樹立した、パリのシャルレティ競技場でした。
「このトラックには、間違いなく特別なエネルギーがあると思います」と、キピエゴン。「パリは、5,000mの世界記録を樹立し、1,500mの世界記録も更新した場所で、美しい思い出があります。「そして今回は、この特別な挑戦に臨むにあたり、このトラックが良い結果をもたらしてくれると信じています」

ナイキ ビクトリー エリート FKはフェイス・キピエゴンの細かな要望を反映して設計されました。
「フェイス向けのフットウェアソリューションは、フェイスの足と路面の相互作用を徹底的に研究して構築されました。私たちの設計仕様には、彼女が走るトラック路面と、その路面が持つ性質・持たない性質の両方を考慮する必要がありました。」
キャリー・ディモフイノベーションフットウェア部門シニアマネージャー
8.ペースメーカーの完璧な戦略
Nikeの前回の挑戦プロジェクト「Breaking2」では、ペース戦略と空気力学について貴重な教訓を得ることができました。Breaking4では、ドラフティング隊形を完璧に組むことが、4分切り達成への鍵の一つとなりました。キピエゴンにかかる空気抵抗を減らすために、Nikeチームはペースメーカーの配置パターンを数え切れないほど検討し、ランナーの人数、男女比、フォーメーションの形をテストしました。途中でペースメーカーを入れ替えるかどうかまで考慮に入れたのです。その結果わかったことは、隊形に乱れが生じるとドラフティングの滑らかさが崩れやすく、周回途中でランナーを入れ替えると空気の乱れに微小な波紋が生まれ、キピエゴンのスピードを乱す可能性があるということです。
「フェイスに低気圧の空気ポケットを作り出すには、隊列を組むすべてのペースメーカーたちが完全に息を合わせることが必要です」と、キルビーは語ります。「異なる隊形を試すのは、チェス盤上で駒を並べ替えるようなものです。タイミング、グループ内の位置取り、そして各ペースメーカーとフェイスとの関係性がすべて正確でなければなりません」
9.色彩で盛り上げる
色の選択には、アスリートが最大限の潜在能力を引き出すための心理的なパワーがあります。Nikeイノベーションチームはナイキ フライ スーツの色数をあえて抑えました。その理由の一つは、様々な色を使うことが素材の空力特性に影響を及ぼす可能性があったためです。しかし、スーツ表面のNike Aeronodesには、キピエゴンのお気に入りのパープルに変化するカラ―シフトが使われました。競技場全体もパープル一色に染まり、スタンド、ビジョンボード、トラックの周囲の看板まですべてがパープルで覆われました。コーナーを曲がる度に目に飛び込んでくるパープルの色が、彼女を励ましたのです。ちなみに、レースとは別ですが、キピエゴンのNike Runningコレクション自体もパープルを基調としています。また、フットウェアとアパレルのこのコレクションには、ケニアの伝統を表すレッドとグリーンのアクセントもあしらわれています。さらに、ビクトリー エリート FK スパイクでは、ゴールドのアクセントが金メダルの獲得を称えています。

Faith Kipyeonコレクションには、彼女が好きな色のパープルを使用し、すべてのレースに注ぐエネルギー、情熱、精神を表現。レッドとグリーンのアクセントがケニアの国旗を表しています。
10.Nikeのあらゆる強味を提供
イノベーションチームは、挑戦に向けてトレーニングするキピエゴンに、Nikeが誇る最新ツールをすべて投入しました。たとえば、保温機能とダイナミック・エアー・コンプレッションによるマッサージ機能を備えたNikeのHypericeブーツなどのアスリートのリカバリーに向けた最先端の機能を提供。ほかには、リカバリーランや長距離ランに最適な新作Vomero Premiumシューズも用意しました。さらに、レース前やレース中にキピエゴンが機能性を活用できるよう、開発を速めたイノベーションもありました。新開発の3Dプリント素材を用いたスポーツブラ、ナイキ フライウェブは、当初の生産スケジュールを前倒しして、キピエゴンがトレーニング段階から着用できるように調整されました。「この挑戦は、ナイキ フライウェブが世界の舞台で初めて着用される機会でもあり、彼女だけの一点物のブラを試される場でもあります」アパレル・イノベーション担当VPのジャネット・ニコルは、こう語ります。「フェイスは滅多にないチャンスを与えてくれました。それを着用するだけでなく、その進化を手助けしてくれたのです」
「この挑戦は、ナイキ フライウェブが世界の舞台で初めて着用される機会でもあり、彼女だけの一点物のブラを試される場でもあります。フェイスは滅多にないチャンスを与えてくれました。それを着用するだけでなく、その進化を手助けしてくれたのです」
Nikeアパレルイノベーション担当VP、ジャネット・ニコル

キピエゴンがスタートラインに立つとき、彼女はあらゆる面でNikeの最新かつ最高を体現します。